町の歴史

わたしたちの町・中頓別に、人が住み始めたのはいつのことだったのでしょう?
まだくわしくは分かっていません。
でも、町の中には、「縄文」という時代の遺跡があります。
石や土で作った道具も見つかっています。
これは、2千年ぐらい前に人が暮らしていた証拠なのです。
もう少し後になると、アイヌの人たちが、サケをとるためにこの周りで生活するようになります。
でも、人の数も家の数もほんのわずかで、まだ今のような町のようすではありませんでした。

中頓別の昔のようすがだいたい分かってくるのは、日本が侍の時代から明治という時代に変わってからのことです。
まず、明治30年頃、中頓別の頓別川から砂金が見つかりました。
金はたいへんに大切で珍しく高価なものでしたから、「自分も金を見つけて、商売しよう」という人たちがたくさんこの中頓別にやってきたのです。
同じ頃、北海道の役所が「もっとたくさんの人が住めるように」「農業ができるように」と考え、そのための土地を準備しました。
中頓別の周りは「頓別原野」と呼ばれていました。
そこに、楢原民之助(ならはら・たみのすけ)さんがやってきて農耕を始めました。
中頓別の開拓がこうしてはじまったのです。

その後、道徳安二(どうとく・やすじ)さん、藤井清助(ふじい・せいすけ)さん、桑原弥市(くわばら・やいち)さんたちが住み始め、少しずつ人も増えていきます。
この頃、直径1m以上の大きな木がたくさん繁っていて、人々はこれを切り倒して畑や住む場所をつくらなければなりません。
それにヒグマや虫、山火事、洪水、そして寒い冬などに悩まされました。
それでも人々は力を合わせて少しずつ町を大きくしていったのです。

中頓別昔語り・希望の時代

昭和という時代を迎えると、苦しいできごとがたくさんおきました。
寒すぎて米や畑の作物のとれない年が続いたり、洪水や山火事で大きな被害が出たりしたのです。
また、日本は世界の国と戦争を始めてしまい、町からも若い人たちがたくさん兵隊にとられていきました。

明るいできごともありました。
お月さまが太陽をかくすことを「日食」といいますが、いつもは見られない珍しいできごとの1つです。
昭和11年6月、中頓別はその日食をいちばん調べやすい場所になったのです。
そこで日本はもちろん世界からも星の研究をしている学者がたくさん集まりました。
まちの人々みんなが協力し合い、日食の観測は大成功に終わりました。

やがて、戦争はどんどん激しくなり、まちからも人や物がどんどん少なくなっていきました。
昭和20年8月、日本が負けて戦争は終わりました。
日本はあたらしい国づくりを始め、中頓別でも、あたらしいまちづくりが進められていきました。
昭和24年11月1日、中頓別は村から、町へと生まれ変わりました。
この時、家の数は1351戸、人口は7492人でした。小学校は8、中学校は3。
そして町立国保病院や農業高校ができ、農業では昭和31年ごろから牛を中心とした「酪農」に力を入れるようになります。
それまでの「馬鈴薯のまち」から「酪農のまち」へと、農業を変えていく取り組みが始まったのです。
また、町並みや道路を整えたり、水道・電気・電話を使えるようにしたり、みんなで使う建物を建てたり、今の姿に近いまちがこうして作られていきました。

中頓別昔語り・飛躍の時代

昭和という時代は64年まで続く長い時代でした。
戦争が終わって30年ほど過ぎた昭和50年ごろになると、日本は「経済大国」とよばれ、その中で中頓別町も住みよい町に育っていきます。
たとえば老人ホームセンターや町民センターが建てられ、図書館や郷土資料館、寿公園なども整えられていきます。
また、昭和57年に町民憲章の制定、昭和60年には、みんなのシンボルとして「町の木・アカエゾマツ」「町に花・チシマザクラ」が決まりました。
その一方で、時代が昭和から平成に変わってすぐ、町がここまで大きく育ってくるために働いてきた鉄道がなくなり、バスでの交通が始まるなど、町をめぐるようすもまた少しずつ変わってきています。

同じ年に町は「開拓をはじめてから80年、町になってから40年」を迎えました。
みんなが町の誕生日を祝う中で、これからは建物や施設を増やしていくだけではなく、中頓別の町が「みんなが元気に明るくすごせるまち」「いつも心豊かにくらしていけるまち」になっていくように、
ここに住む人々がみんなの目標として「福祉と教育の町」「生きいきスポーツ推進の町」を発表しました。
町の人々みんなが力を合わせて、「自分たちのまちを、みんなで作っていけるような時代にしていこう」ということを確認したのです。

中頓別町民憲章

私たちは、道北のきびしい自然環境の中にきたえられ強く生き抜く中頓別町民です。
神秘的な鍾乳洞をもち、緑したたる山林と酪農郷建設のため、この憲章を定めました。

  • 私たちは、みんなで話し合い、教養と善意にみちた町にしましょう。
  • 私たちは、健康でよく働き、明るい町にしましょう。
  • 私たちは、みんなできまりを守り、住みよい町にしましょう。
  • 私たちは、自然を愛し、文化をそだて、豊かな町にしましょう。
  • 私たちは、若者に希望を、おとしよりにやすらぎを与える町にしましょう。